東京ミシュランの噂の真相〜地獄の黙示録特別編

 



 昨年、11月にレストランの格付け本「ミシュランガイド東京2008」がまた?出た。
 おもわず、またと、言ってしまう。
 このミシュランってヤツが、本当、当てになるのか?特定の飲食業界とか、ホテル業界とか怪しいパイプがあるとか、噂が飛び交った。
 黒幕がいるのでは?って、最初に出版された時、物議になった。
その容疑者?と見なされた料理研究家の山本益広さんだった。
 この人、元々は、料理研究家ではない。
 1968年4月に早稲田大学入学を控え、たまたま第五次落語研究会第一回に入場し、初めて桂文楽の落語を体験した。感動に打ち震えた山本さんは、その後大学生活4年をかけて、黒門町こと桂文楽の追っかけを始める。卒業論文のテーマも黒門町。その論文はあまりの出来の良さに、そのまま商業出版されることになった。(『桂文楽の世界』)。
 この事実を学生時代に知った僕は早熟の山本さんに憧れと嫉妬を抱き、「演芸評論家」になろうと、何年か、真剣に思った事があった。ところが、彼はグルメ評論家にスライドしていった。残念であり、ちょっと裏切られたような気がした。しかし、グルメ評論家としての活躍はその後のグルメブームを迎え、上昇の一途を築き、現在の地位を築いた。
 そんな山本さんが最初のミシュランガイド東京の黒幕として、噂がかなり上がった。長い物には巻かれろか?山本さんが落語研究家からグルメ評論家へと模様替えしても、ずっと、フォローワーだった自分なので、今度は許さないよ(笑)と、思っていた。
 それが最近の神足裕司さんと山本さんの雑誌の対談で、まったくもって、山本さんは黒幕ではなく、むしろ、批判的な立場であることがわかった。東京ミシュランについて批判的な山本さんの発言を僕は初めて読んだ。
 東京には64000軒の飲食店があり、調査員5人で廻るのである。これは可能なのか??????
「和食の店が星が落ちたり、増えたりするのはいったいどこが違った仕事だったのか聞いてみたい」
和食屋や寿司屋さんなんて、去年と違う事なんてやりようがない。だったら、辞退した方がいいと考える事もあるでしょう。だって、それ以上望めないんだから」「無印の店だって載せるべきだ」と、山本さん。
 ちなみに山本さんが、演芸の世界から足を洗ったのは、小朝さんをプロデュースする時に意見がぶつかりあい、プロデューサ−の意見があまり通らなかったことで、限界を感じたからだったことも吐露していた。芸人さんはいい意味でわがまま。
 当時から、山本さんを相手にプロデューサーとして自分を通している若い小朝さんも大したもんだ。プロデューサー小朝さんの今の片鱗が見える。
 この間、映画「地獄の黙示録」の特別完全版のDVDを見ていたら、チャーリーシーンらが、川を登って行く間にフランス人らが川の畔で、戦争状態だというのに、優雅に暮らしていて、招かれるシーンがあった。
 ベトナム戦争以前から、ベトナムを統治していたフランス人入植者の残党だったとう設定。アジアは常にヨーロッパ統治を強いられて来ている。
 21世紀にまでなって、フランスにミシュランで、日本人の味覚まで、統治されるなんて、まっぴらご免ノ輔(笑)太平洋戦争後、日本の食生活がいかに、アメリカによって肉を食わされ、牛乳を飲まされて、米からパンを食わされ、日本人の肉体は蹂躙されたことか。他国の食生活にあれこれ言って、国民の味覚意識を変えて行くことは、布教であり、肉体改造化である。
 仕舞には、日本人の「おいしい」と思う味覚の価値観が変えられ、食品の流通経済をも、動かすことも考えられる。こんなプチ危機感を感じる僕は、プチ・ナショナリストか?(笑)