39年目の握手 アポロ11号

sugarbabe492008-11-01

 1969年7月16日
アポロ11号の打ち上げが成功。
人類初の月面着陸成功。
その時、自分は15歳で野球部。
勝戦まで進んでいて、練習していた
この時のテレビの同時中継は印象的だった。
「すべて、順調」という昨年亡くなった同時通訳の西山千さんの
中継だった。グレゴリーペックの声を吹き替えたら、こんな感じなのかも
という品のある渋い声。
 うちのクラスの中島くんは銀紙でロケットを作り、西山千さんの物まねしながら、頼まれてもいないのに、そのミッションの解説をしてくれた。それ以来、中島くんと僕はアポロ11号の同時通訳の物まねをして遊んだ。今、冷静に考えてみると、かなりマニアックな物まねである。
  その後、1985年に宇宙からの帰還(立花隆著)が出て、月へ行った宇宙飛行士のその後の数奇な人生のドキュメント本が出た。ある者は心の病いに陥ったり、宗教者になったり。月の力の不思議をルポした読み物だ。この本でまた、あの頃の思い出が蘇ってきた。
 それから、トムハンクス主演「アポロ13」のロンハワード監督の映画を見て、興奮した。
 そして、月面着陸が成功して39年後の2008年11月1日の昨日、アポロ11号の乗組員であり、日本科学未来館に来ていたエドウィン・"バズ"・オルドリンさんの取材に同行し、お会いできた。
 「興奮してテレビを見ていました。あの時、15歳でした。あなたが3人の宇宙飛行士の中でベスト1です」と英語で話した。
 オルドリンさんは当時、二番目に月に足跡をつけた人類だった。
アームストロングさんが隊長だったので人類最初一番目に月に足跡をつけたのだった。複雑な思いがオルドリンさんにはあったと推測される。
 もう70歳を越しているが、かくしゃくしていらっしゃった。 
 今回、ロンハワードのプロデュースドキュメント映画「In the Shadow of the Moon」の宣伝で来日しているのだった。
 月まで行った宇宙飛行士のオルドリンさんに握手してもらった。
 その手は分厚かった。
 自分と宇宙空間と月がつながった。
 妄想の中で頭が廻った
 ふと見ると、近くにユーミンさんがいらしてた
 大勢でお食事をして以来、3年ぶり。ご挨拶をした
 なんでも、新聞社の企画でオルドリンさんと対談をなさるみたいだ
 ユーミンさんのアルバム『天国のドア』の最後の曲として収録されている「SAVE OUR SHIP」。この曲は1990年に秋山豊寛さんがソ連の宇宙船ソユーズに乗って日本人として初めて宇宙に行った時、ユーミンさんが、その模様を伝えたテレビのドキュメンタリー番組のテーマ曲。
 ロンハワードもユーミンさんも自分も月面着陸の時、おなじ空を見上げていた15歳だった。
 アポロ計画というのは我々の世代には忘れられない思いでである。
ムーンリバー」「星の彼方に」「星に祈りを」などの歌にもあるように、月や惑星が本当に遠い向こうにあるファンタジーの世界だった。
 エドウィン・"バズ"・オルドリンさんは映画「トイストーリー2」の監修をした。
バズ・ライトイヤーの"バズ"は僕の名前からつけたんだよ」と、当日おっしゃっていた。
 昨夜、このバズ・ライトイヤーの名前の由来を話さないではいてもたってもいられず、友人に得意げに話したのだった。
※一番右側の宇宙飛行士がエドウィン・"バズ"・オルドリン氏