一曲目は「夏なんです」の忘れもしない鈴木茂さんのイントロから始まった。
あの『風街ろまん』発売された1971年のあの時に、その日、会場に来ていた多くのはっぴぃえんどファンがタイムトリップした。
懐メロを聴いた感覚とは違う。
不思議の国のアリスが再び、不思議な国に突然、迷った感覚。しかし、そこは異国ではなく、それぞれの心の故郷だった。
「夏なんです」の松本隆さんのスネアが最初の一発が入った。
このレイジーな松本さん独特のスネアの音。
71年、あの凝りに凝ってドラムの音色を模索してレコーディングしたに違いないあの音だ。ここで僕らは松本隆ワンダーランドの迷い人に完全になっていた
一人一人の歌い手と観客が異常なほど、静かに興奮しているのが手に取るようにわかった。そこは特別の場であるからである。
一人基本、一曲という贅沢な音楽会。
その一曲は一曲は松本隆さんの魔法によって、不死身の曲となり、長い時を生きながらえてきた。そして、歌い手もその曲で、歌手として、幸いにも永遠の命を授かった。
松本隆さんは最後の作詞家である。
しかし、その前にドラマーという音楽家である。
言葉の人・作詞家が主導権を取って、音楽を作り出すと、限界がある。それは、コンセプトとか、企画性が歌作りの発端になりがちで、歌の背後に狙いという不純が見えてしまいがちである。
作詞家に聞こえなくて、音楽家しか、聞こえない音がある。
それを聞き取れる松本さんは<特別作詞家>である。
<特別作詞家>は耳がいいから、この詞にはこの作曲家がふさわしいと、作曲家の選定が的確なのだ。
尻込みしないで、曲作りの4番打者のみを指名する。
作曲家を指名することに躊躇や怖さを感じない。
それは単なる?作詞家ではなく、音楽家として同等の立場で作曲家と拮抗しているからだ。
出来上がってくる曲のクオリティが通常の作詞家より、名曲となるのは当然の流れである。
大の大人が最近、よく、アイドルのコンサートに行って「元気をもらった」と話す。それもあるだろう。わからないでもない。
ただ、しかし、本来、元気は大人<諸先輩>が若い人の背中を暖かく叩いて、与えるものではなかったのか?
僕も十分、大の大人だが、風待ちレジェンドの大人のステージを見て、たくさんの元気と頬に優しい風をもらって帰ってきた
これで当分、気分がいい
松本隆の風に吹かれて
https://www.youtube.com/watch?v=XNbQd0Fh9Wo
ドラマー伊藤大地くんが撮影したJAL機内放送のクリス松村さんが選曲した松本隆さんの作品セットリスト!今回の風待ちレジェンドがいかに巨大で緻密なプロジェクトだったか!一作詞家に何万というファンが熱狂し押し寄せる音楽史を僕はかつて知らない