割烹着

 

 

松の内も過ぎたが、お正月の風景として、割烹着姿の女性が浮かぶが、その様子はなかなかいいものだ。
Wikipediによると、
1905年(明治38年)9月1日刊行の雑誌『月刊 食道楽』第1巻第5号に、赤堀割烹教場における女性たちの割烹着姿の写真が掲載されており、このころにはすでに現在のものに近い形になっていたという。
日本女子大学校(1901年〈明治34年〉創立、現在の日本女子大学)の女子学生により、自学自動の教育方針の下、実験の際に使う作業着として開発されたという説もある
料理研究家の村井多嘉子が考案したという説もあるそうだ。
村井は1906年明治39年)に『月刊 食道楽』で「音羽嬢式台所上衣」という名前で割烹着を発表した。
 
洗い晒しの純白の割烹着姿は清潔でとてもいい。
近頃、田舎にロケにいくと、模様入りで、煮しめたような色の割烹着を着ている女性が多いがあれはいただけない。あくまで純白がいい。
ミス割烹着コンテストはどんなものかと考えたが、割烹着といえば、既婚者の女性のイメージの方が自然だ。
思い出してみると、山岡久乃とか森光子とか、うちのおばあちゃんがよく似合っていたもの。