東京五輪のマスコット???の妙な多数決の論理



東京オリンピックパラリンピック大会組織委員会は28日、大会マスコットのデザインについて、大会エンブレムの市松模様をあしらった「ア案」に決定したと発表した。公募デザインの中から選ばれた最終候補3案から、全国の小学校など約20万クラスの児童の投票で最多票を獲得した。マスコットを子供の投票で決定するのは五輪史上初めて」
蒸し返すようで野暮なのですが、どうしても、この決定システム、組織委員会が以前から、世間におもねっている気がして、あざとさを感じてなりません。
子供達が選んだのだから、以前のオリンピックマークのように、ケチは付けられない保険をかけているような。
アートって、そもそも過半数の支持を獲得するという絶対民主主義の世界と最もかけ離れているものです。
その世界の目利きや古くはパトロンといわれた趣味人がセンスのあるものを選択したものです
クラシック音楽の世界や絵画の世界はその典型的なケース。
アートは極めて個人的な美意識の世界なのだと思います
例えば、大阪万博岡本太郎さんの「太陽の塔」とか、この過半数多数システムだと恐らく、選ばれなかったと思います。
大阪万博を考える会」に小松左京さん 星新一さんなどのSF作家陣が入っていたことも大きかったと思います
アートの選択に絶対数が多いから、良きものが選ばれるというのはナンセンスな考え方だと思います
 餅屋は餅屋です。
 これぞと、思われるオトナの美術チームに判断を委ねた方が、仮に妙なマスコットを選ばれたとしてもあきらめがつくような気がします