「シャボン玉ホリデー」ちょっといい話

シャボン玉ホリデー」はボクが先達が作ったバラエティで一番好きな昭和30年代の番組。
 ボクはそのクレージーキャッツ植木等さんとは生前、幸福にも日本テレビ「いい加減にします」で、「お呼びでない」などの台本を再び書き、レギュラーで仕事をさせていただきました。
 また、妙なご縁で、ボクとバンドをやっていたベースの青木仁智くん(角松敏生バンド、渡辺貞夫バンドなど)は後年、植木等バンドのベースを担当することになります。さらに一昨年、クレージーキャッツのベース犬塚弘さんとは飲み屋さんで偶然、お会いし、犬塚ご夫妻とご挨拶させていただいた。
 ところで、最近読んだホイチョイ・プロダクション馬場康夫さんの著書「「エンタメ」の夜明け」にクレージーキャッツの「シャボン玉ホリデー」の番組成立の裏話のことが書かれていた。
 大阪電通のラテ企画の堀貞一郎さんは当時、牛乳石?などの関西系のテレビCMを取っていた。掘さんは、当時の牛乳石?の社長宮崎寅四郎さんにコンタクトを直接取りたく社長宮崎寅四郎さんの行きつけのバーに夜な夜な通った。なんとか目をとめて欲しくて、当時、担当していた小野薬品の「スチャラカ社員」の出演者藤田まことさんをいつも誘って飲みに行っていた。
 その泥臭い売り込みが功を奏して、社長のGOが出た。
 番組名を決めたのは社長。
「日曜はホリデーではないが、番組に骨を折ったのは掘貞一郎くんなので、ホリデーにする」
 掘さんはこの時、20代だったらしい。恐るべき20代。