1973年村井邦彦さんの隠れた名曲 R.A.W 「失われたもの達」。
赤い鳥から続く、村井さんのコーラスグループへの曲の提供。
このメンバーにはRAJIさんも入っていた。
モコ、ビーバー、オリーブの曲もそうだったが、青木望さんの編曲が美しい
「パッヘルベル: カノン ニ長調 」、電話のサポートセンターの
待ち時間に繰り返し、どんどん曲が盛り上がり、5分以上も流されると、「早く、誰か電話にでてください!」と叫びたくなります。
「そよ風の誘惑」- Olivia Newton-Johnも、電話口から流れる待ち時間のイライラ曲ですが、どうせ聴くなら、「パッヘルベル: カノン ニ長調 」はサントリーホールで聴きたい。
曲には罪はありません。
https://www.youtube.com/watch?v=QsOdZRKiGhU&t=37s
子供は親を選べない。
寒い日が続きます。
ボクは北海道育ですが、冬でも小学生男子たちは半ズボンをはかされました。
なぜ、親たちは半ズボンを男の子たちに強要したのでしょうか?
自分は寒いという理由と半ズボンは格好悪いと思い、親に拝み倒して長ズボンを低学年からはかせてもらいました。
東京はそれよりはるかに温暖ですが、それでも冬に半ズボンをはかせられる小学生男子には同情します。
霊峰あらたかな富士山を見るにつけ、いつも、どんな親を持つかで、苦行を強いられるのだなあと子供に同情します。
もし、富士山登頂に熱意を燃やす親の元に生まれた場合、「おい、富士山登るぞ!」と、親が子供を
善意で誘うのはごく自然なことです。
しかし、その子がボクのように瞬発力はあっても、持久力のないタイプだった場合、地獄の山登りが
待ち受け、親の命令を拒絶できません。
同じように、ジェットコースター好きの子供思いの親がいて、「一緒に乗るぞ!」と自分が高所恐怖症とまだ知らずいる幼児が乗せられるはめになっていることは想像がつきます
これはもはや、ホラーです。
自分の場合、父が函館のスピードスケート連盟の会長をやっていたため、
小学生の時、冬は毎日、朝5時半起こされ、スケート場でスピードスケートの練習を強いられました。
お陰で函館では小学生の部門ではタイムがトップでした。
しかし、人一倍寒がりのため、起きるのが死ぬほどつらく、
学校に行くと朝練の疲労のため、授業中、船をこぐしまつ。
なんとか親の誠意に報いるというのは荒修行です。
1991年テレビ朝日系『GAHAHAキング』で第2代チャンピオンになった『フォークダンスDE成子坂』の桶田敬太郎さんが亡くなりました。
この番組の構成と僕がやっていたが、僕も主催している渋谷ラママ新人コント大会の常連でもありました。
その笑いのセンスはダウンタウンの松本さんを彷彿と
させる、つかみ所のない逸材でした。
相方の村田渚さんが2006年に夭折してしまうツキのなさがあった。
桶田さんは笑いから遠ざかっていたが、10年前に連絡があり、
お茶を飲みながら、再起動することを僕に話しました。
それっきりだった。
たらればの話はないがもし、生きて本気を出していたら間違いなく、
桶田さんのボケは笑いの主戦場に立っていたと思います